従業員トラブルへの対処、間違えていませんか?|退職連鎖を止める院長の“仲裁術”

開業から数年が経過した動物病院の院長先生から、こんな相談をよく受けます。

「最近、スタッフ同士の雰囲気が悪くて…」

「AさんとBさんが険悪で、診療に影響が出始めている」

「どちらの話を聞いても、相手が悪いと言うんです」

スタッフ同士のトラブル。これは動物病院に限らず、あらゆる店舗ビジネスで必ず起こる問題です。
私自身、人間関係のこじれが原因で退職が連鎖し、採用コストが膨らみ、結果的に収益を圧迫しているケースを数えきれないほど見てきました。

従業員トラブルへの対処は、経営者にとって「最も避けたいが、最も避けられない課題」です。
しかし、対処の仕方ひとつで、退職を防げるか、逆に人材流出を加速させるかが決まります。

今回は、数々の現場を見てきた立場から、従業員トラブルに対する”やってはいけない対処法”と”最善の対処法”についてお話しします。


■ 最もやってはいけないこと:「一方の話だけを鵜呑みにする」

トラブルが起きたとき、院長先生が最初に話を聞くのは、たいてい「先に相談してきたスタッフ」です。
そして多くの場合、その話は非常に説得力があります。

「〇〇さんが私の業務に口を出してきて、患者様の前で否定されました」

「△△さんが陰で悪口を言っているのを聞いてしまいました」

「もう一緒に働けません…」

こうした訴えを聞くと、院長先生としては「そんなひどいことが起きていたのか」と驚き、つい感情移入してしまいます。
そして、相手側のスタッフに対して「あなたの行動は問題だ」と注意してしまう。

これが、最悪の対処です。

なぜなら、話というのは必ず「語り手の視点」で語られるからです。
本人は嘘をついているつもりはなくても、感情が入り、事実が歪み、自分に都合の良い解釈が混ざります。

私がこれまで見てきた中で、片方の話だけで判断して注意した結果、以下のような事態に発展したケースがあります。

  • 注意されたスタッフが「院長は話も聞かずに決めつけた」と不信感を持ち、即退職
  • 実は最初に相談してきたスタッフのほうが問題行動をしていたことが後から発覚
  • 「あの人が相談したから優遇された」という噂が広がり、職場の空気が悪化

一方の話だけで判断することは、仲裁ではなく”加担”です。 そして加担した瞬間、院長の中立性は失われ、職場の信頼構造が崩れ始めます。


■ トラブル対処の大原則:「仲裁者」としての立ち位置を守る

従業員トラブルにおいて、院長が果たすべき役割は「仲裁者」です。

裁判官でも、弁護士でもなく、まして片方の味方でもありません。

仲裁者としての基本姿勢は、以下の3つです。

1. 必ず双方から話を聞く

最初に相談してきたスタッフの話だけでなく、もう一方のスタッフからも必ず個別に話を聞きます。

このとき重要なのは、「あなたが悪いと聞いた」というニュアンスを一切出さないことです。

たとえば、こんな聞き方をします。

「最近、〇〇さんとの間で何か気になることはありますか?」

「業務上で困っていることや、伝えづらいことがあれば教えてください」

こうした中立的な質問をすることで、相手も防衛的にならず、本音を話しやすくなります。

2. 事実と感情を分けて整理する

双方の話を聞いたら、まずは「何が事実で、何が感情か」を冷静に整理します。

たとえば、

  • 事実:「患者対応中に、業務の指示を出した」
  • 感情:「それを否定されたと感じた」

この区別ができないと、感情論だけで話が進み、根本的な解決には至りません。

3. 双方に「相手の立場」を伝える

仲裁において最も重要なのが、この伝え方です。

一方的に「あなたが悪い」と言うのではなく、こう伝えます。

「〇〇さんは、あのときこういう意図で声をかけたそうです。

ただ、△△さんにはそれが否定に聞こえてしまったようで…」

このように、相手の意図や背景を補足しながら伝えることで、

「自分が誤解されていたのかも」「相手にも事情があったのか」と、視野が広がります。

そして最後に、こう締めくくります。

「お互いに悪気があったわけではないと思います。今後こういうことが起きないよう、こんなルールを作りませんか?」

この流れで話すと、対立が「改善の機会」に変わります。


■ 早期発見・早期対処が、退職を防ぐ最善策

ここまで読んで、「そうは言っても、トラブルに気づくのが難しい」と感じた先生も多いと思います。

その通りです。従業員同士のトラブルは、初期段階では表面化しません。

多くの場合、以下のような”小さな変化”として現れます。

  • 挨拶の声が小さくなった
  • 休憩時間に一緒にいなくなった
  • 業務の引き継ぎが雑になった
  • シフトの希望が被らないように調整している

この段階で気づけるかどうかが、勝負の分かれ目です。

私がコンサルティングでお伝えしているのは、「定期的な1on1面談」の実施です。

月に1回、15分でも構いません。スタッフ一人ひとりと個別に話す時間を設けることで、小さな不満や違和感を早期にキャッチできます。

また、こんな質問も効果的です。

「最近、職場で気になることはありますか?」

「働きやすさで改善してほしいことはありますか?」

こうした”聞く姿勢”を持つことで、スタッフは「院長は自分たちのことを見てくれている」と感じ、

問題が深刻化する前に相談してくれるようになります。


■ 放置すると、退職は連鎖する

私が過去に関わった動物病院で、こんなケースがありました。

ある日、優秀な動物看護師Aさんが突然退職を申し出ました。

理由を聞いても「一身上の都合」としか言いません。その後、わずか2か月の間に、さらに2名のスタッフが立て続けに退職。

院長先生が慌てて残ったスタッフに話を聞いたところ、

実はAさんと別のスタッフBさんの間に半年以上前からトラブルがあり、それを誰も院長に伝えていなかったことが判明しました。

Aさんは我慢の限界で辞め、その後Bさんも「自分のせいだ」と責任を感じて退職。

さらに、残されたスタッフも「この病院は人間関係が悪い」という印象を持ち、次々と離れていったのです。

この病院が失ったものは、

  • 3名分の採用コスト(1名あたり平均50万円 = 合計150万円以上)
  • 育成にかけた時間と労力
  • 患者様からの信頼(スタッフが頻繁に変わることへの不安)

そして何より、院長先生自身の心労です。

もし、最初の段階で気づき、双方の話を聞き、適切に仲裁していれば、この連鎖は防げたかもしれません。


■ 従業員トラブルは「経営課題」である

多くの院長先生が、スタッフ間のトラブルを「人間関係の問題」として軽く見がちです。

しかし、これは立派な経営課題です。

なぜなら、

  • 退職が増えれば、採用コストがかかる
  • 新人教育に時間を取られ、診療の質が下がる
  • 職場の雰囲気が悪ければ、患者様にも伝わる
  • 自費診療の成約率が下がり、収益が減少する

このように、従業員トラブルは最終的に「売上」と「利益」に直結します。

「人間関係が安定している店舗」は、必ず収益も安定していました。

逆に、離職率が高い店舗は、どれだけ立地が良くても、どれだけ広告費をかけても、収益は伸び悩みます。


■ まとめ:仲裁者としての覚悟を持つ

従業員トラブルへの対処は、経営者にとって最もエネルギーを使う仕事のひとつです。

しかし、だからこそ、ここをしっかりやれるかどうかが、長期的な病院経営の安定を左右します。

もう一度、ポイントをまとめます。

  1. 一方の話だけを鵜呑みにしない(必ず双方から聞く)
  2. 仲裁者として中立を保つ(事実と感情を分けて整理する)
  3. 早期発見・早期対処(定期的な1on1面談で小さな変化をキャッチ)

そして何より大切なのは、「この病院では、院長がちゃんと向き合ってくれる」という信頼感を作ることです。

その信頼があれば、スタッフは問題が小さいうちに相談してくれます。

そして、問題が小さいうちに対処できれば、退職という最悪の結果は避けられます。


採用も大切ですが、「今いるスタッフを守ること」は、それ以上に重要です。

もし今、スタッフ間のトラブルに悩んでいる、あるいは「最近、職場の雰囲気がおかしい」と感じているなら、

まずは一度、スタッフ一人ひとりと向き合う時間を作ってみてください。

 

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